*01


池袋から遠ざかる電車に乗っていると、少しずつ夢が覚めていくみたいだった。でも横でつり革を握る後輩の姿に、不思議な気分になる。なぜ幼馴染の彼ではなくて、この子がここに居るんだろう、とかもう何度も考えたことを考えてしまう。
当の後輩である青葉君は、そんな僕の様子を知ってるような知らないふりをして、楽しげに窓の外を見ていた。

「埼玉って、寒いんですか?」

青葉君が聞く。僕は「東京と変わらないと思うよ」と適当に答えておいた。

冬休みに入って数日後、僕は実家に帰省することになった。親に電話で強く催促されたからだ。
本当は池袋に居たかったんだけど、仕方ない。そんな話を青葉君につい、漏らしてしまった。そしたら、何故か彼がついてくることになった。曰く、暇だかららしい。

「…青葉君、本当に良かったの?」
「何がですか?」
「せっかくのお正月なのに、家族の人と過ごさなくていいのかなって」
「ここまできて厄介者扱いはやめてくださいよ、先輩」

そういうわけじゃないけど、と僕が慌てると、青葉君はくすくす笑った。埼玉方面に向かう電車は、やや混んでいた。時間帯のせいもあるかもしれない。すぐ隣に立っている青葉君が、わざとらしく僕の方にくっついてきた。

「…もうすぐ着くよ」
「へえ、まだ一時間くらいしか経ってないですよね。近いじゃないですか」

言葉通り、僕の実家と池袋はそんなに距離が離れているわけじゃない。だからこそ、親も帰って来いと強く言えるんだろう。

「(でもやっぱり、池袋とは違う)」

当然のことを考えながら、僕は青葉君を連れて電車を降りた。ホームに降りたとたん、冷たい空気が頬を張る。乗客を降ろした電車は、冷気を吸い込まないうちにすぐにドアを閉め、動き出した。一方僕達は、急激な温度変化に身を震わせた。

「寒いじゃないですか」
「そうかな」
「いや先輩、震えてますからね」

僕達以外の客がぽつぽつと改札の方へ向かうと、ホームには僕と青葉君だけになった。青葉君が息を吐くと、白いもやが空中へ霧散していく。
寒いのだろう、手を擦っている。何か温かい飲み物でも買ってあげよう。僕は改札へ向かおうとしたが、青葉君はぼーっと突っ立っていた。行こう、と青葉君の手を取ると、少年は楽しげに呟いた。

「寒いですね、先輩」

青葉君の言葉は、端から白いもやになってホームの中で消えていく。不覚にも可愛いと思ってしまった僕も、以前と同じように返した。

「寒いね、青葉君」



*02

実家に着替え等があるためほとんど手ぶらの僕と対照的に、青葉君はキャリーケースをひいていた。実家までの道すがら、何回か持とうかと声をかけた。けれどその度青葉君は、女子でもないんで大丈夫です、と断った。

地元中学の通学路だった田んぼの畦道に差し掛かる。完全に舗装されていない狭い道にはごろごろと石が転がり、青葉君のキャリーケースの車輪にぶつかる。ごつんごつん、と粗い音を出す内はよかった。そのうち石が車輪の中に引きこまれ、動かなくなった。
そうして結局、僕がキャリーケースを運んだ。

「すみません、先輩」
「いいよ。青葉君、怪我してるし」

言うと、青葉君は着ているコートのポケットに両手を突っ込んだ。そして、手袋忘れちゃったなあ、こんなに寒いと思わなかったんで、と言い訳のように呟いた。

畦道を越えて住宅街に入ると、すぐに僕の家に着いた。実家の鍵は持っているけど、一応インターホンを鳴らしてみる。知らせていた時間より少し早いけど、母さんはすぐに出てきた。

母さんはまず僕におかえりなさい、と声をかける。次いで、僕のやや後ろに居た青葉君に目を向けた。事前に連れがいることは連絡したはずだけど少し驚いているのが見てとれて、もしかしたら正臣を期待していたんだろうか、と僕はぼんやり考えた。

しかし、母さんは思ってもみない発言をした。

「彼女さん連れてくるなんて、聞いてないわ」

青葉君を見て、どこか喜ばしそうに母さんが言う。その言葉に僕と青葉君は同時に驚いた。青葉君を頭の先からつま先までじろじろと見る母さんに倣い、僕も改めて青葉君を見てみる。冬用コートを羽織った青葉君は、着込んだ服に体のラインがぼかされていて、そのうえ寒いために頬にはほんのりと血色よく赤が乗っている。確かに女の子と間違えても仕方ない、ような気もする。

「い、いや違うよ、ただの後輩。男だし」

僕が慌てて訂正すると、母さんはまた驚く。青葉君が苦笑して、名前を名乗るとその声でようやく納得した。寒いんだし、早く中に入れてあげようと母さんを急かして、とりあえず荷物とともに僕の自室へ青葉君を招く。コートを脱いだ青葉君に、僕は母さんのことを謝った。

「ごめんね、母さんが変なこと言っちゃって」
「いえ、かまいませんって。慣れてるんで」

手渡したハンガーにコートをかけながら、青葉君が返事をする。まあ確かに、夏には女物の浴衣を着こなしていた彼だ。慣れていても不思議でない。上着を脱いで、青葉君は僕のベッドに座った。僕も荷物を片して、その隣に座る。僕の体重分軋んだベッドのスプリングが、青葉君の体重を少し跳ねさせた。

「青葉君、布団でいいよね?」
「え? 一緒にベッドで寝ればいいじゃないですか」
「何言ってるの」

僕が軽く青葉君を押すと、青葉君はそのままぽすんと布団の上に横倒しになった。自分のベッドの上に青葉君が寝ているという光景に、僕の心臓が忙しく動いた。マフラーの下にあった鎖骨に彼の髪が緩く垂れているのを見て、いけないものを見たかのような気持ちになる。僕は動揺を悟られないように、青葉君を起こそうと手を引っ張った。が、逆に引っ張り返される。

「わっ!」

僕と青葉君の体重分軋んだベッドのスプリングが、軽く二人の体を浮かせた。瞬きの先に、至近距離で青葉君の顔があった。慌てて体を起こすと、僕の体は青葉君の上にあった。まるで僕が青葉君を押し倒しているような格好だ。固まっている僕を尻目に、僕の下で寝転んだままの青葉君がくすくす笑った。

「今、お母さんが見たら驚かれるでしょうね」

それはそうだろう。青葉君の体が細いだけに、僕が青葉君に襲い掛かっているように見てとれる。未だクスクスとふざけた様に笑う青葉君に、僕はため息をついた。ただの悪ふざけだけど、それにしては子供っぽい。理由なく僕を困らせたいだけなんだろう。

何でまたそんなこと、と僕が不可解に思っていると、青葉君はまた唐突に僕の手を引っ張った。青葉君の手が僕の肩を捕える。僕が声を出す前に、ちゅ、とキスだけされた。すぐに青葉君はぽすんとベッドに戻る。僕は無言のまま彼を見下ろす。青葉君が意地悪そうな、おかしそうな顔で僕を横目に見た。

「ただの後輩って、傷つきますよ」
「は?」
「いっそ彼女のフリしてやればよかったかなあ。ねぇ、先輩」

そこまで聞いて、僕は玄関先での母さんとのやりとりを思い出した。僕の返答が気に食わなかったらしい。それにしたって、ああ答える他にどうとも言えないし。後輩って言葉が良くなかったのか、と思い直して、僕は青葉君に提案する。

「わかったよ。後で友達って、訂正しとくよ」
「全然わかってないみたいなので、もういいですよ」

僕の言葉に、諦めたように青葉君が言う。失望の入り混じった視線を受けて、僕は久しぶりの自分の部屋だというのにひどく居心地を悪くしたのだった。



*03

機嫌を損ねたようだったけれど、青葉君は僕の両親の前では微塵もそんなことを感じさせず、素直で明るく僕によく懐いている後輩といった振る舞いをした。僕の家族にダラーズのことや、ブルースクウェアのことなど何か変なことでも言わないか少し心配していたけれど当たり障りのない会話をする青葉君を見て、本当に暇だからついてきたのかも、と思ってしまった。

夕食の後、二人で部屋に戻る。しばらく雑談をしながら、携帯からダラーズにログインし、何か動きはないかチェックした。

「そういえば、こっちにはパソコンは無いんですね」
「ああ、僕のは池袋の方に置いてきたから」

青葉君が僕の部屋を見回す。クローゼットなどにはそれなりに物は置いてあるけど、部屋にあるデスクの上は空っぽだ。青葉君が、ああ、ここに置いてたんですね、と言いながらデスクに座った。

「先輩って、ネットはいつごろから始めてたんですか?」
「中学生の時だよ」
「へえ。小学生の頃からそういう環境だったのかなと思ってました」

ダラーズなんて作るくらいだから、と青葉君が付け足す。

青葉君が座っているデスクを、僕は見た。かつて僕はそこに座り、パソコンを見つめていた。何も無い田舎のこの部屋で、僕はダラーズが生まれるのを見た。
最初はネタだったそれが、ネットを通じて徐々に実体を持ち始めていく姿も、ダラーズという虚構が現実の社会に影響を及ぼし始める姿も、僕はここで、このデスクに座り、見ていた。

(あの頃は、こうなるとは思いもよらなかった)

あの頃はただ、ダラーズが膨張していくことで、僕の世界に決定的な影響を与えるだなんて思って居なかった。ダラーズをとっかかりに非日常が訪れるような、そんな空想はしていたけれど、ダラーズそのものがこうなるとは思っていなかった。

「先輩、どうしたんですかぼーっとして」

かつて僕が座っていた椅子に座ったいる青葉君が、僕を見る。青葉君は、ダラーズが僕の現実に影響した結果だ。正臣がいなくなって、青葉君が現れた。正臣と埼玉に帰る代わりに、青葉君が僕の部屋にいる。あの時何とはなしに思いついたネタが、青葉君を連れてきた。つながりを欲した僕に、ダラーズが奪ったのは大事な親友で、ダラーズが与えたのは凶暴な後輩だった。

「ごめん。少し眠いのかも」
「もう寝ます?」
「うん。あ、青葉君は床だからね」

確認のために、僕は客用布団を指差す。青葉君はしぶしぶといった様子で、布団を被った。



*04

実家に帰って一晩経った翌日、僕は久しぶりに寝る自分のベッドを堪能していた。冬休みの良いところは、早起きしなくていいことだ。ずっと夢に浸かっていられる。

(といっても、青葉君いるしな……)

油断ならない後輩と、一つ屋根の下に居る。そういえば池袋のアパートに止めたことは無い。なのに実家に泊めてしまっている。いきなり喉元にくるのを許してしまったような、いきなり核心に招いてしまったような、ちょっとした緊張を感じていたのは事実だった。

昨日もダラーズのことについて触れていた。僕は不穏な予感がして、起き上がる。枕もとの時計を確認するとまだ早朝の六時だった。昨日早寝した分、早く目が覚めた。

(寒いなあ……)

昨日より一段と寒く感じる。この時期、朝といってもまだまだ若干暗いものだが、窓から漏れ出る光が、カーテンの向うから光が当たっているのがわかった。何かなと思ってカーテンをめくると、思わず声が出た。

「うわ、雪」

窓の外に見える建物という建物の屋根に青白く雪が乗っていた。地面にも雪が積もり、加えて曇天の空も白く濁り、上下の境がわからなくなっている。雪は今は止んでいるようだ。おそらく昨日の夜のうちに降ったのだろう。携帯で確認すると、今日の夜も降るとの天気予報を確認できた。

「……先輩?」

窓の外の雪を見ていた僕の背後で、青葉君がもぞもぞと布団から這い出てきた。まだ眠そうにしている。

「ご、ごめん、起こしちゃったかな」
「いえ、いいですよ…。おはようござ…あふ」

青葉君が言葉の途中であくびをした。あくびをする姿なんて初めて見たな、と思う。青葉君は起き抜けのぐらついた声であらためておはようございます、といいなおしたので、僕もおはようと返す。

寝癖で少しはねた髪を、眠たそうなまま青葉君は撫で付ける。その姿は無防備そのものだ。どこかけだるそうなその様子は、低血圧の女子みたいだった。

「…あ、雪降ったんですか」
「うん、そうみたい」

青葉君からも外をよく眺められるよう、僕はカーテンを大きく開いた。青葉君はまたあくびをした。目を擦っている。

「もしかして、あんまり眠れなかった?」
「まあ、そんなとこです」
「枕があわなかったかな」
「いや、それは大丈夫なんですけど…いやなんか、緊張するじゃないですか。先輩いるし」

困ったように青葉君が笑う。僕も笑った。そして疑った自分に、罪悪感を覚える。

「まだ寝ててもいいよ?」
「いえ、せっかくなんで起きます。雪降ってますし」

伸びをして、青葉君が立ち上がった。そして着ていた寝巻きを脱ぎだす。僕は慌ててカーテンを閉めて、そして見ないようにしあさってを向いた。

「部屋の中なのに寒いなあ…って、何してんですか先輩。着替えましょうよ」
「え、何で?」
「何でって、雪積もってるんですから」

ほら!と青葉君が僕の服を引っ張って脱がせようとした。本気で焦っていると、青葉君は白い息を吐きつつ笑った。



*05

青白い世界に、青葉君が足跡をつけていく。彼の小さな足の裏の跡が、僕の前に規則正しく連なっている。それを追って、僕も歩く。さくさくと雪を踏みしめると、靴底できゅ、きゅ、と踏み固めた雪が氷になっていくような感覚がした。

「寒い…」

真冬の早朝は、当然だが寒い。家の近所を散歩がてら青葉君と出てきたけど、まだ太陽も昇りきらない時間帯のために空気は夜のなごりで冷え切っている。低い角度の太陽が、雲の隙間から弱く光を映す。それでも、雪は解ける気配もない。

「先輩、水溜りも凍ってますよ」

先を歩いていた青葉君が僕を振り返る。そして、寒さで歩みの遅い僕を急かした。凍った水溜りくらい、珍しいものでもなんでもないのに。

ぱき、と青葉君が凍った水溜りを踏んで割る。ぐにゃぐにゃした円を描いていた水溜りに、直線の亀裂が入る。水溜りの氷が、ステンドグラスを割ったみたいな尖りを見せた。そうしてひび割れた氷に朝の光が跳ねて、そこだけ青白い世界が少しだけ色づく。

青葉君はそれだけで満足することはなく、凍っている水溜りを見つけるとぱきぱき踏み歩いた。僕もそれについていく。青葉君がこの辺の道を知っているわけではないから、彼が迷子にならないように後についていってあげなければならない。

(前は正臣の後ろを歩いてたのになあ)

コートを着込んだ小さな背中を眺めながら、僕は白い息を吐く。思わず足を止めた。青葉君と少し距離ができると、途端に彼が氷を割る音は遠く感じられた。雪は音を吸い込むというから、そのせいかもしれない。

冷たい空気を吸うと、内臓が痛む。空中の氷が吸い込まれて、肺の中につららが伸びて、それが僕の中でちくちくいった。指先も冷えている。はあ、と指を暖めるフリをしてこっそりため息をつくと、直後に顔に軽い衝撃と冷たさが襲った。

「えっ、な、何?!」

慌てて確認すると、雪の塊がぼろ、と僕の上着の上を滑って転がり落ちた。衝撃がきた方向を向くと、青葉君が何かを投げ終えたようなフォームをしていた。そしてまた、足元の雪を拾い上げて雪玉を僕に投げつける。今度は僕に当たらず、少し離れたところに落ちた。

「あー、やっぱり左だと難しいですね」

そして再び雪玉を作ろうとする後輩に負けじと、僕も雪玉を作って投げ返した。青葉君の肩にあたる。結構コントロールいいのかも、と喜びかけた次の瞬間には、青葉君が投げた雪玉が僕の顔面を直撃した。

「あ、すみません!」

流石にまずいと思ったらしい青葉君がこちらに駆け寄る。僕は袖で雪を払ったけれど、冷たい雪のせいで少し頭がきんきんとした。

「つ、冷た…」
「避けるなりしてくださいよ」
「無茶言わないでよ!…う、口に雪入った」

口の中に入った雪はすぐに唾液に溶けて、口内を冷やした。氷水を飲んだときみたいに、体の管が冷えた。この寒いのに、と僕がまたため息をつきかけたら、青葉君がにやにや笑った。

「雪、おいしいですか?」
「…おいしいわけないでしょ?」
「そうですか。シロップがあったら良かったですね」
「ベタだね」

僕は言い、冷えた手で青葉君の首筋を触った。青葉君は油断していたようで、ひゃ!と甲高い声を上げた。それがおかしくて、僕は笑う。笑われた青葉君がまた機嫌を損ねそうで、僕はまた来年かき氷しようねと約束を取り付けて、可愛い後輩の機嫌をとった。



*06

暖房の熱が、おだやかに視界を曲げている。僕らが散歩を終えた頃合に、ちらちらと雪が降り始めた。またぐんと気温が下がって、雪合戦ですっかり凍えた僕たちは部屋に避難した。

「部屋の中なのに、寒いですね」
「冬だからね」

寒い寒いと口癖のように言い合い、僕らは雪を被って濡れたコートを脱ぐ。暖房の熱で乾かそうとハンガーに袖を通している時、青葉君が小さくくしゃみをした。コートを脱いで、少し薄着になったからだろう。何か上に着るものは、と聞くと、特に持ってきていないという。

「あ、じゃあ何か上着貸すよ。少し大きいかもしれないけど」
「いいんですか?」
「全然構わないよ。ちょっと待ってね」

服を仕舞ってあるクローゼットを開ける。何か羽織れて、暖かいもの…と僕がごそごそと探っていると、後ろから覗いていた青葉君が一着選んで、取り出した。気に入ったのがあったのかな、と振り向くと、彼はもうすでに袖を通そうとしていた。それは別にいいんだけど、チョイスがおかしい。

「…青葉君、それ僕の中学校の制服だから…」
「いやでもサイズぴったりっぽいですよ?」
「だからって」
「俺、中学もブレザーで学ランって着たことないんですよね。ちょっと着させてくださいよ」

当初の目的を無視して、青葉君は僕のおさがりの学ランに着替えだした。僕はやっぱり着替えシーンを見ることができなくて、しあさっての方を向いていた。

「あ、ほらぴったりですよ」

着替え終わった合図に青葉君が声をかけるので、ようやっと視線を向ける。学ランを着た青葉君が襟を直していた。

「ほんとだ、ぴったりだね…。きつくはないの?」
「大丈夫です。しかし重たいんですね、学ランって」

僕の学ランを着た青葉君が、物珍しげに裾やら袖やらを見る。まるで、初めて制服に袖を通した新入学生みたいだ。青葉君の童顔のせいで、中学生だと言い張っても通じてしまうだろう。

「(僕にも弟が居たら、こんな風に学ランのお下がりをあげたりしてたのかな)」

ぼんやりとそんなことを考える。しかし同時に、青葉君が弟だったらと考えるといろいろと不穏な気持ちになるので、そんな妄想は振り払った。それに、弟だったらキスとかしちゃいけないと思うし。いや、何を考えてるんだ。

僕のおかしな想像をよそに、青葉君は初めての学ランにはしゃいでいる。そうしていると、ほんとに中学生のようだ。

「結構俺、学ラン似合ってませんか」
「そうかなあ…」
「え、お気に召しません?ああ、先輩はセーラー服の方が好みでしたか」
「な、何でそう受け取るの!」

からかわれて余裕なく焦る僕は、本来の目的である上着を探しにクローゼットの中を探す。いくつか見繕って手渡しても、青葉君は学ランの第二ボタンを指で弄りながら「でもこれあったかいんですよ、ほんとに」と言って、笑った。