今度会おうと言われた時も、君が好きだ、と言われた時も、家に入れてと言われた時も、ついでに言えば、キスさせてと言われた時も、それを受け入れた決め手は臨也さんの赤い瞳だった。
僕は、臨也さんの赤っぽい瞳が好きだった。遠くから見れば茶色というカテゴリーだけれど、近くで見ると本当に赤いんだ。血のような鮮烈な赤ではないけど、平凡な黒でも茶色でも青でも緑でもない。僕はその、人間にしては少し珍しい色合いを気に入っていた。特別な感じがした。だって、日常にはありえない色だからだ。
だから僕は臨也さんを受け入れたし、魅力を感じた。臨也さんの性格とか、瞳以外のことには目をつむった。
だって、彼の瞳を見たときの驚きは、僕の網膜から血管を通って僕の体を一周して、あっという間に体内に恋愛感情をはりめぐらしてしまった。その感情は熱を持って、臨也さんの性格や職業や性別なんてちっぽけなことだと、他の感情を押し留めた。
それくらい、僕は彼の、その少し変わった色が好きだったんだ。それは多分、僕が根底で好いている園原さんにも共通しているんだと思う。
「帝人君って、結構人の目を見て話すタイプなんだね」
「え…そうですか?」
「うん、いつも、俺の目をガン見してるじゃない」
人と目を合わせられないタイプかと思ってたんだけど、と臨也さんは赤い瞳を細めながら言う。この人は、きっと僕がその赤い瞳に惹かれていることに気づいているんだろうな。
僕は無遠慮に、臨也さんの瞳を見つめる。本来僕は、人と目をまっすぐ合わせて話したりするのには慣れていない。
こうして、臨也さんと視線を合わせていられるのは、彼の瞳を人間の目だと認識していないからだ。純粋に、綺麗なもの、たとえば赤い宝石とか、真っ赤な夕日とか、赤色の花とか、そういうものと同じ視点で見ている。ものを見つめるのに遠慮なんていらない。
だから僕は、僕より背の高い臨也さんを見上げ、その赤い二つの瞳を観賞する。すると臨也さんは何か勘違いしたようで、腕を伸ばして僕を抱きしめた。俺のこと好きすぎでしょ、と臨也さんが呟く。
確かにそう間違ってはいないんだけど、とりあえず抱きしめられるとその綺麗な赤が見えないな、と思って、軽く臨也さんの胸を押して、体を離した。
「あ」
「え?」
「あー…」
体を離した臨也さんが、片目を手で押さえた。そして、その場にしゃがむ。僕はどういう状況かわからなくて、膝を折った臨也さんのつむじを見下ろした。
僕が抱きしめられたのを拒否したから、蹲るほどにへこんでしまったんだろうか、と考えかけたけど、そんな様子ではないようだった。
「どうしたんですか?」
「いや、カラコンが落ちただけ」
「カラコン?」
臨也さんは、カラーコンタクト知らないとか言わないでね、とかがみ込みつつ言う。僕は、驚きが僕の体の中を一巡するのを待って、一度意識して空気を吸い込んでから、なるべく不自然にならないように口を動かした。
「臨也さん、コンタクト入れてたんですか?」
「うん。度は入ってないけどね。…あれ、無いな」
僕は、臨也さんのさらさらの黒髪と、つむじを見下ろす。カラコン探しを手伝おうとは思わなかった。普通のコンタクトならともかく、色がついたコンタクトならすぐ見つかるだろうし、何より僕の体の中を一周した驚きは二週目には失望になってしまったからだ。
(あの赤っぽい瞳は、カラーコンタクトの赤だったんだ)
何だ、つまらない。僕は三週目に入った失望が、体内を満たす恋愛感情を急速に冷やしていくのを感じた。人間としては特別な、あの赤色が好きだったのに。臨也さんなんて、あの赤色の付属物だったのに。それが紛い物だったなんて、興ざめだ。
会って、好きだと言い返して、家に入れて、キスして、受け入れたのは、全て臨也さんの赤い瞳に惚れていたからだ。
僕は、これ以上この人と居ても仕方ないな、と思い始めた。でも黙って去るのは酷すぎると思うから、別れを告げよう。そう思ったのとほぼ同時に、臨也さんはコンタクトを見つけたらしい。
「あった、けど汚いなー」
「…あの、臨也さん」
「何?」
しゃがんだまま、臨也さんが僕を見上げる。僕は、それ、が、網膜から血管を通って僕の体を一周して、冷え切った恋愛感情を沸騰させたのを感じた。用意していた言葉が出てこなくて、焦る。
「い、いざやさん、目…」
「ああ、だから、カラコン取れたんだってば」
顔をあげた臨也さんの瞳は、裸眼のはずなのに、片目だけ、異様な赤色をしていた。真っ赤だった。臨也さんの体に、宝石がそのままはめ込まれたみたいに、そこだけ、異質な色彩をしていた。臨也さんの肌や髪の色調なんて無視した、突飛な赤色だった。
「カラコンって…え?」
「地の色が赤すぎるから、カラコンしてるんだよ。あんまり目立ちたくないからさ」
臨也さんは立ち上がらず、そのまま僕を見上げる。日常にはありえない色が、僕を見る。
人間に、ありえる色なんだろうか?まずそこから疑問点があるけど、とにかくその赤色は、特別な感じがした。僕が臨也さんの瞳を文字通り食い入るように見つめていると、臨也さんがその特異な赤い瞳を細めながら言う。
「気持ち悪い?」
「いえ」
僕は即答していた。そして、臨也さんがしゃがんだまま手を伸ばしていた、地味な赤色の小さな円形ガラスを、ローファーの踵で踏み潰した。臨也さんが、手を引っ込めた。足をどけると、赤色のコンタクトは無残に割れている。それを確認してから、臨也さんの目の前にしゃがみこむ。
「素敵だと思います、凄く」
臨也さんの真っ赤な片目を見ながら、僕が言う。感情が、僕の体を何週もする。惚れ直す、というのはまさにこういう感情を言うんだろう。
臨也さんはしゃがんだまま僕を見つめ返して、そして、じゃあエッチさせて、と言った。やっぱり決め手は、臨也さんの赤い瞳だった。