たまに、竜ヶ峰を、冷蔵庫につっこみたくなる。
最初に断っておくが、けして猟奇的な意味ではなく、言葉通りの意味でもない。単純な妄想であって、実行するわけじゃない。これがあのノミ蟲であれば、言葉通りに冷蔵庫を投げつけたくなるだけだ。
「静雄さん、ビールって冷やしておきます?」
「あー、頼む」
竜ヶ峰がワンドアの冷蔵庫を開け、その中にスーパーで買ってきた6缶パックのビールを入れる。竜ヶ峰は男にしては小柄だから、俺の家の背の低い冷蔵庫にだって入りそうだ、と俺は目で冷蔵庫の内容量を測る。
俺は力が常人より強いし、無理やりにでも押し込めば結構入りそうだ。竜ヶ峰は贅肉も筋肉も少ないし。
もう一度断っておくが、けして猟奇的な意味ではない。あのノミ蟲でもあるまいし、監禁とか、束縛とか、そういうものを実行するわけじゃない。
竜ヶ峰は買ってきたものをあらかた冷蔵庫に仕舞い終えると、レンタルしたDVDを取り出し、どれから見ますか?と問いながら、俺の前に広げた。俺は竜ヶ峰が見たがっていたものを指差す。
「良いんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
竜ヶ峰は律儀に俺に頭を下げる。付き合ってもう二ヶ月なのに、こういうところはいつまでも抜けない。俺が年上だからだろうが。まぁ、嫌いではない。
DVDの再生ボタンを押すと、少し前にアカデミー賞かなにかを取った洋画が始まる。長い前フリを映す画面を、俺の横に座った竜ヶ峰が静かに見つめる。テレビからは合成音がやかましく響くのに、竜ヶ峰の周りだけが、しんとしている。
この子供は、並みより幼い顔をしているくせに、たまに、こうしてひどく静謐な空気をまとう。大人しいとかそういうのじゃなくて、ただ、触れがたい。神聖というと大げさだが。
こういう時に、俺は竜ヶ峰を冷蔵庫に入れたくなる。真空パックでもいい。この瞬間を保存しておきたい。犬がお気に入りの玩具を隠すように、保存しておきたい。そういう単純な心理であって、けっして実行はしない。
映画では、いよいよ物語の佳境に入り、カーチェイスやら人造人間やら、CGを駆使したアクションが怒涛の展開とともに繰り広げられる。主人公が改造した腕で、迫り来るバイクを粉砕した。
「すげぇな」
「ですね。けど、静雄さんならできそうです」
「あー…そうだな…」
竜ヶ峰が横でくすくす笑う。それを見て、俺の脳はストーリーの伏線でもなく予想でもなく、保存方法ばかりに思いをはせる。ホルマリン漬けはだめだ、あの匂いが学生時代からどうも好かない。
「…あれ?あれって、さっき出てきたあれですか?」
「…ん?」
「手に持ってる、緑色の…」
「あー…ああ!あのボトル、そういや…ちょっと巻き戻すか?」
「あ、はい。やります」
竜ヶ峰がリモコンを手にとって、映画を数分間巻き戻す。目当てのシーンになり、目押しで一時停止を押すと、画面には確かに緑色のボトルがあった。こんなところに伏線があったんですねー、と竜ヶ峰が感心の声を出す。
俺は一方で、竜ヶ峰の手のリモコンと、静止した画面を見た。竜ヶ峰にも一時停止があればいい。もしあったらきっと俺は、画面の前から動かない。そんな頭の悪いことを考えていると、竜ヶ峰は映画を早送りして元のシーンに戻った。
ほどなくして、スタッフロールが流れる。結局どういう話か俺はわからなかったが、竜ヶ峰が満足そうにしているからそれで十分だと思った。そろそろ冷えているだろうと思って、冷蔵庫にビールを取りに行く。
冷蔵庫のドアを開けて、ついでに、つまみにと以前買ったまま放置していたハムを取ろうとしたら、後ろから声がかかる。
「あ、そういえば冷蔵庫のハム捨ててくださいね」
「あ?何でだよ。まだいけんだろ、冷蔵庫入れてんだし」
「駄目ですよ、もう賞味期限切れてるでしょうし…冷蔵庫なんかじゃ日持ちしませんよ。冷凍ならまだしも」
竜ヶ峰の言葉を受け、俺は仕方なくハムを捨てた。それから、冷凍庫を買おうか、と考える。俺は明日、仕事帰りに電器店でも見に行くか、と予定を立てつつ、缶ビールのプルタブを開けた。竜ヶ峰を入れても余裕なくらいのサイズは、いくらぐらいだろうか。
再三にわたり断っておくが、けして猟奇的な意味ではない。あのノミ蟲でもあるまいし。