「やあ、灰かぶりのお姫様」
笑顔の臨也さんが、軽く手を上げて僕に声をかける。僕が簡潔にこんにちは、と言って会釈をしたら、髪から灰が零れ落ちた。
「少しは払ったら?」
「払ってこれなんです。細かい灰はなかなかとれなくって」
言いつつ、臨也さんは僕の髪から軽く灰を払った。その手つきが軽くはたいているのと同じだったため、やや痛い。けれどそこは流して、一応ありがとうございますとは言っておく。
静雄さんの事務所で三日分溜めに溜めた灰皿を頭から被った僕は、髪も制服も粉状の灰やら欠片まみれだ。肩と髪ははっきりと灰色になっている。
「帝人君が告白してきたくらいで、そんなに驚かなくてもいいのになぁ、シズちゃん」
「えっ?聞いてたんですか?」
「ああ、うん。あの事務所はとりあえず聞ける環境にしてる」
ということは、僕が静雄さんに告白をした際、静雄さんが驚いて思わず机を蹴ってしまい、机上の灰皿をちょうど僕に降りかかるようにぶちまけた一部始終も、何もかも知っているんだろう。
ここで待ち伏せていたわけだ。どうせからかいにきたんだろう。それかひっかきまわしにか。隠れてため息をついた僕に、臨也さんが楽しげに絡む。
「それで、振られたの?」
「…聞いてたんですよね?」
「シズちゃんが何かひっくり返したせいで、スピーカーにも何かぶつかったみたいでさ。それ以降はノイズが入って聞けるもんじゃなかったんだ」
単に僕の口から言わせたいだけなんじゃないかな、とは思う。けれど特に隠す必要もないし、情報屋相手じゃ隠し通すことなんてできないだろう。僕は素直に「一時保留にさせてくれって言われました」と答えた。
「保留ね。八割方振られたのと同義かな」
「まぁ、そうでしょうね。上手い断り文句を見つけるまで、一時保留ってことでしょうし」
「自覚はあるんだ」
「希望はないですね」
灰を被ってみじめな僕を、臨也さんは遠慮なく笑う。そうしてとりあえずお姫様をお風呂に入れようか、と僕の手を引いた。僕は大人しくついていく。これだけ灰まみれだと銭湯でも迷惑がられるだろうし、お湯を借りられるのは有難い。
灰で汚れた制服も、俺が稼いだ悪い金できれいにしてあげよう、と臨也さんは言う。じゃあついでにガラスの靴とかカボチャの馬車とかも用意してくださいよ、と言うと臨也さんがけたけた笑った。
「シズちゃんは王子様って柄じゃないだろ」
「臨也さんも王子様っていうよりか魔法使いって感じですよね」
「それを言うなら、シズちゃんは野獣だ」
残念ながら僕は美女でもないので、彼に選ばれることはないだろう。僕の手を引く臨也さんの手を、緩く握る。この人は僕の恋路を応援してくれているわけではない。ただ面白がっているだけだ。
でも僕は、この手に一縷の望みを繋いでいるのかもしれない。だって僕だけじゃ、どうにもあの池袋最強を射止めることはできない。
「いんちきな魔法でも何でもいいですから、なんとかなりませんか?」
この人と手を組んだと知られたら、たちどころに静雄さんからの信用は潰えるだろう。同類だと思われて、今後口も聞いてくれないかもしれない。リスクは確かに高そうだ。
けど灰まみれの僕が他に取れる手段なんて無いに等しい。振られるのを待って、ぎくしゃくしたまま以前のような関係にも戻れないくらいなら、この人を利用してでも僕はあの人が欲しかった。
そのためなら、ガラスの靴だといって氷の靴を履かすようなこの「悪い魔法使い」の手を借りるのだっていとわない。僕は返事を求めて、臨也さんの手を強く握った。
それに答えて、臨也さんが足を止めて僕を振り返る。
「解けちゃう魔法でいいのかい?」
臨也さんが笑って、僕の髪に触れた。みすぼらしく灰を被った僕の髪から、僕の一部が崩れるみたいに、灰が一欠けら零れ落ちた。