「愛してる」なんてありきたりの殺し文句の後に、臨也さんは僕に触れる。いつも右手で、いつも僕の頬に触れる。だけど今日は、一つだけいつもと違うところがあった。臨也さんの、右手の指輪がなくなっていた。
「失くしたんですか?」
僕の足りない言葉を、臨也さんはきちんと意味とともに拾い上げる。臨也さんは僕の頬から離した右手をひらひらさせて「違うよ」とはっきり答えた。僕が質問を続ける前に、臨也さんは「君のために外したんだ」と付け加えた。
「僕のため?」
「そうだよ。帝人君のためさ」
僕は、指輪を外してくれだなんて頼んだ覚えはない。臨也さんの指輪を悪く思ったことも良く思ったこともない。だから、臨也さんの言葉の意味を僕は拾い上げることができなかった。
「臨也さんが指輪を外すと、僕にとって何か良いことがあるんですか?」
「あると思うよ」
臨也さんの右の手のひらが、僕の頬を包む。いつものひんやりとした指輪の感触がなくて、臨也さんの少し低い体温だけが伝わってくる。いつもと少し違う感覚に、僕は初めてキスをした時のようにどきどきした。
「帝人君」と名前が呼ばれて、僕は素直に臨也さんを見る。そうして臨也さんはもう一度、仕切りなおしのように「愛してる」なんて代わり映えのしない殺し文句を、僕に向ける。一度の衝撃の後に、僕はベッドに沈み込む。握られた彼の右手には、いつもの指輪はない。
「愛してる」なんてありふれた殺し文句の後に、臨也さんは僕を殴る。いつも右手で、いつも僕の頬を殴る。そうしないと、興奮しないのだという。
殴られた僕は、ベッドの上でしばらくちかちかする視界を眺める。傷だらけの口内は簡単に皮が破れて、すぐに血の味がした。愛してる、と再び頭上でお決まりの殺し文句が囁かれる。二度目の衝撃のために、ちかちかする視界がさらにぐらついてバグったパソコンの画面みたいに、あちこちがドット抜けしている。
「ひどい顔だね」
僕を殴っていた右手をひらひらとさせて、臨也さんが言う。その声はとても艶やかで、どう見ても彼は興奮していた。ここまではいつも通りだ。だけど今日は、一つだけ疑問があった。
「…僕のためって…」
舌を動かすと、血の生臭さがより深く味わえた。それでも僕はさっきから抱いていた疑問を口にする。彼の右手を見る。そこには指輪は無い。
僕の足りない言葉を、今度もまた臨也さんは拾い上げる。そうして、「帝人君のためさ」と同じことを繰り返した。
「帝人君のために指輪を外したんだ」
「それは…どうしてですか」
「だってさ、殴ったとき、指輪でほっぺたに傷ができるのかわいそうだから」
また名前を呼ばれて、「愛してる」なんていつもの殺し文句を臨也さんが言う。そして指輪の無い右手で、いつも通り僕の頬を撫でた。いつも殴られるたびに指輪の金属でえぐられていた頬の皮膚は、血が滲んでいるようだけど新しい傷はない。
「臨也さん」
「うん?」
「優しいんですね」
「当然だよ。だって俺は君を」
殺し文句がまた囁かれて、指輪の無い右手が僕に振り下ろされる。彼の「愛してる」という言葉には、きっと僕が拾いきれない意味がある。そんな殺し文句にまみれて、僕はいつか、殺されるのかもしれない。
「失くしたんですか?」
僕の足りない言葉を、臨也さんはきちんと意味とともに拾い上げる。臨也さんは僕の頬から離した右手をひらひらさせて「違うよ」とはっきり答えた。僕が質問を続ける前に、臨也さんは「君のために外したんだ」と付け加えた。
「僕のため?」
「そうだよ。帝人君のためさ」
僕は、指輪を外してくれだなんて頼んだ覚えはない。臨也さんの指輪を悪く思ったことも良く思ったこともない。だから、臨也さんの言葉の意味を僕は拾い上げることができなかった。
「臨也さんが指輪を外すと、僕にとって何か良いことがあるんですか?」
「あると思うよ」
臨也さんの右の手のひらが、僕の頬を包む。いつものひんやりとした指輪の感触がなくて、臨也さんの少し低い体温だけが伝わってくる。いつもと少し違う感覚に、僕は初めてキスをした時のようにどきどきした。
「帝人君」と名前が呼ばれて、僕は素直に臨也さんを見る。そうして臨也さんはもう一度、仕切りなおしのように「愛してる」なんて代わり映えのしない殺し文句を、僕に向ける。一度の衝撃の後に、僕はベッドに沈み込む。握られた彼の右手には、いつもの指輪はない。
「愛してる」なんてありふれた殺し文句の後に、臨也さんは僕を殴る。いつも右手で、いつも僕の頬を殴る。そうしないと、興奮しないのだという。
殴られた僕は、ベッドの上でしばらくちかちかする視界を眺める。傷だらけの口内は簡単に皮が破れて、すぐに血の味がした。愛してる、と再び頭上でお決まりの殺し文句が囁かれる。二度目の衝撃のために、ちかちかする視界がさらにぐらついてバグったパソコンの画面みたいに、あちこちがドット抜けしている。
「ひどい顔だね」
僕を殴っていた右手をひらひらとさせて、臨也さんが言う。その声はとても艶やかで、どう見ても彼は興奮していた。ここまではいつも通りだ。だけど今日は、一つだけ疑問があった。
「…僕のためって…」
舌を動かすと、血の生臭さがより深く味わえた。それでも僕はさっきから抱いていた疑問を口にする。彼の右手を見る。そこには指輪は無い。
僕の足りない言葉を、今度もまた臨也さんは拾い上げる。そうして、「帝人君のためさ」と同じことを繰り返した。
「帝人君のために指輪を外したんだ」
「それは…どうしてですか」
「だってさ、殴ったとき、指輪でほっぺたに傷ができるのかわいそうだから」
また名前を呼ばれて、「愛してる」なんていつもの殺し文句を臨也さんが言う。そして指輪の無い右手で、いつも通り僕の頬を撫でた。いつも殴られるたびに指輪の金属でえぐられていた頬の皮膚は、血が滲んでいるようだけど新しい傷はない。
「臨也さん」
「うん?」
「優しいんですね」
「当然だよ。だって俺は君を」
殺し文句がまた囁かれて、指輪の無い右手が僕に振り下ろされる。彼の「愛してる」という言葉には、きっと僕が拾いきれない意味がある。そんな殺し文句にまみれて、僕はいつか、殺されるのかもしれない。