静雄さんに殴り飛ばされた臨也さんは、古典劇の悪役よろしく、池袋の空の彼方に星となって消えた。僕は上を見上げ、大体の落着地点を予想して、その方向へとぼとぼと歩く。心配しないわけでもなかったけど、走って探す気にもならなかった。
しばらく歩いて、この辺に落ちたんじゃないかという辺りに着くと、僕は臨也さんの携帯に電話をした。思ったとおり、離れたところから携帯の着信音が聞こえてくる。
鳴り続ける着信音を頼りに、普通なら絶対好き好んで入らない路地裏に入る。この付近は飲食店が多く、路地裏はゴミ捨て場として利用されているらしくあちこちに満タンのゴミでポリバケツが置かれていた。
その中の一画の、特に大きなゴミ山に臨也さんは寝ていた。近づくと生ゴミ臭くて、僕は思わず鼻を覆う。僕は携帯の発信を切った。同時に着信音も止む。
臨也さんはうまくゴミ山に墜落したため、大きな怪我はないようだ。そして更に運が良いことも重なっていた。
「あ、笹」
七夕の時期にどこかの飲食店の店内にでも飾られていたものなのだろう。たくさんの短冊が結われた笹が幾本か、ゴミ捨て場に詰まれていた。臨也さんはちょうどそこに落ちてきたわけだから、クッションのように作用したことだろう。誰かの願い事を下敷きにして助かるなんて、さすが臨也さんだなあと思う。
「臨也さん、臨也さん」
生ゴミ臭いけど、いつまでもこんなところで寝かせておくわけにもいかないので、僕はゴミ山に寝ている臨也さんの頬をぺちぺちと叩いた。静雄さんに殴り飛ばされた際、ぎりぎり顔はガードできたらしく目立った外傷はないが、伸びているということはかなりの衝撃だったのだろう。
体を揺すったり声をかけてようやく、臨也さんは目を覚ました。僕の顔を見ると、周りをきょろきょろ見渡してシズちゃんは?と確認する。居ませんよと言うと、そう、と返事して、刃先が折れたナイフを地面に投げ捨てた。
「大丈夫ですか?」
「うーん、そこそこ」
臨也さんが、自分の腕を触ったりして確認する。骨は折れてなさそうとのことだけど、多分どこかしらは折れているだろう。なんといっても殴り飛ばされて星になるほど飛んだんだから。
「しかしよく死にませんでしたね…」
「素手じゃなくて標識だったらやばかったかもね。危うくほんとのお星様になっちゃうとこだったよ」
いや、実際お星様みたいに飛んでいきましたよとは、流石にいえなかった。臨也さんは腕を軽く振って、とりあえず動けないことはないと判断したみたいだけど、体を起こすとやはり体が痛むらしい。痛い痛い、と子供みたいに言う。
「痛いなぁ、人間じゃないよねあいつ。かよわい俺じゃ付き合いきれないよ」
「そう思うなら怒らせなきゃいいんじゃ…」
「俺が怒らせてるんじゃなくて、あっちが勝手に怒ってるんだよ」
文句を言いつつ命の無事を確認し、さあゴミ山から下りようとしたところで、臨也さんはようやく自分が埋もれているものに気づいたらしい。がさがさと笹を鳴らして、一部をだらりと持ち上げる。
「何これ、笹?」
「ほら、先週七夕だったじゃないですか」
「先週だったっけ」
臨也さんは笹に結われた一枚の短冊を乱暴に千切り手に取る。ゴミ捨て場に捨てられているからか、ぞんざいな扱いだ。その短冊は雨やらで濡れてよれているけど、字は読み取れる。太いマジックで書かれた文字は、女性らしい丸っこい文字だった。
「『遠恋成就☆』…ねぇ」
「七夕ですし」
「ああそっか、七夕だもんね」
臨也さんはその短冊を丸めて捨てた。誰かの願い事は臨也さんの手のひらで紙くずになる。こんな生ゴミ臭い男にせっかくの短冊を無下に扱われて、これを書いた女性に申し訳ない。
臨也さんはそれから他の短冊も千切りとり、誰かの願い事を読み上げては丸めて捨てることを繰り返した。離れ離れになった織姫と彦星を想ってか、いくつかの短冊には遠距離恋愛中と見られる願い事が書かれていて、僕は驚く。
「遠距離恋愛って、結構あるんですね」
「ほんとだね。…帝人君は遠距離恋愛駄目そうなタイプだよね」
「そんなことありませんよ」
「どうかなあ。遠くに居る彼女より、身近な可愛い子にうつつ抜かしそう」
生ゴミ臭い23歳が笑う。おもしろくない僕は臨也さんの肩を軽く殴った。臨也さんはどうもかなり痛かったらしく、笑顔が引きつった。
「僕は平気ですよ、遠距離恋愛」
「遠く離れてもずっと好きで居られるってこと?」
「はい」
「へぇ、俺がお星様になっても?」
ええそうですよ、だからこれからも安心して殴り飛ばされてくださいね、と言うと、臨也さんは「死んでも好かれるって、重い」と生ゴミの中に埋もれて、笑った。
しばらく歩いて、この辺に落ちたんじゃないかという辺りに着くと、僕は臨也さんの携帯に電話をした。思ったとおり、離れたところから携帯の着信音が聞こえてくる。
鳴り続ける着信音を頼りに、普通なら絶対好き好んで入らない路地裏に入る。この付近は飲食店が多く、路地裏はゴミ捨て場として利用されているらしくあちこちに満タンのゴミでポリバケツが置かれていた。
その中の一画の、特に大きなゴミ山に臨也さんは寝ていた。近づくと生ゴミ臭くて、僕は思わず鼻を覆う。僕は携帯の発信を切った。同時に着信音も止む。
臨也さんはうまくゴミ山に墜落したため、大きな怪我はないようだ。そして更に運が良いことも重なっていた。
「あ、笹」
七夕の時期にどこかの飲食店の店内にでも飾られていたものなのだろう。たくさんの短冊が結われた笹が幾本か、ゴミ捨て場に詰まれていた。臨也さんはちょうどそこに落ちてきたわけだから、クッションのように作用したことだろう。誰かの願い事を下敷きにして助かるなんて、さすが臨也さんだなあと思う。
「臨也さん、臨也さん」
生ゴミ臭いけど、いつまでもこんなところで寝かせておくわけにもいかないので、僕はゴミ山に寝ている臨也さんの頬をぺちぺちと叩いた。静雄さんに殴り飛ばされた際、ぎりぎり顔はガードできたらしく目立った外傷はないが、伸びているということはかなりの衝撃だったのだろう。
体を揺すったり声をかけてようやく、臨也さんは目を覚ました。僕の顔を見ると、周りをきょろきょろ見渡してシズちゃんは?と確認する。居ませんよと言うと、そう、と返事して、刃先が折れたナイフを地面に投げ捨てた。
「大丈夫ですか?」
「うーん、そこそこ」
臨也さんが、自分の腕を触ったりして確認する。骨は折れてなさそうとのことだけど、多分どこかしらは折れているだろう。なんといっても殴り飛ばされて星になるほど飛んだんだから。
「しかしよく死にませんでしたね…」
「素手じゃなくて標識だったらやばかったかもね。危うくほんとのお星様になっちゃうとこだったよ」
いや、実際お星様みたいに飛んでいきましたよとは、流石にいえなかった。臨也さんは腕を軽く振って、とりあえず動けないことはないと判断したみたいだけど、体を起こすとやはり体が痛むらしい。痛い痛い、と子供みたいに言う。
「痛いなぁ、人間じゃないよねあいつ。かよわい俺じゃ付き合いきれないよ」
「そう思うなら怒らせなきゃいいんじゃ…」
「俺が怒らせてるんじゃなくて、あっちが勝手に怒ってるんだよ」
文句を言いつつ命の無事を確認し、さあゴミ山から下りようとしたところで、臨也さんはようやく自分が埋もれているものに気づいたらしい。がさがさと笹を鳴らして、一部をだらりと持ち上げる。
「何これ、笹?」
「ほら、先週七夕だったじゃないですか」
「先週だったっけ」
臨也さんは笹に結われた一枚の短冊を乱暴に千切り手に取る。ゴミ捨て場に捨てられているからか、ぞんざいな扱いだ。その短冊は雨やらで濡れてよれているけど、字は読み取れる。太いマジックで書かれた文字は、女性らしい丸っこい文字だった。
「『遠恋成就☆』…ねぇ」
「七夕ですし」
「ああそっか、七夕だもんね」
臨也さんはその短冊を丸めて捨てた。誰かの願い事は臨也さんの手のひらで紙くずになる。こんな生ゴミ臭い男にせっかくの短冊を無下に扱われて、これを書いた女性に申し訳ない。
臨也さんはそれから他の短冊も千切りとり、誰かの願い事を読み上げては丸めて捨てることを繰り返した。離れ離れになった織姫と彦星を想ってか、いくつかの短冊には遠距離恋愛中と見られる願い事が書かれていて、僕は驚く。
「遠距離恋愛って、結構あるんですね」
「ほんとだね。…帝人君は遠距離恋愛駄目そうなタイプだよね」
「そんなことありませんよ」
「どうかなあ。遠くに居る彼女より、身近な可愛い子にうつつ抜かしそう」
生ゴミ臭い23歳が笑う。おもしろくない僕は臨也さんの肩を軽く殴った。臨也さんはどうもかなり痛かったらしく、笑顔が引きつった。
「僕は平気ですよ、遠距離恋愛」
「遠く離れてもずっと好きで居られるってこと?」
「はい」
「へぇ、俺がお星様になっても?」
ええそうですよ、だからこれからも安心して殴り飛ばされてくださいね、と言うと、臨也さんは「死んでも好かれるって、重い」と生ゴミの中に埋もれて、笑った。