もしも自分が生まれなかったら、どんな影響があったかって考えたことある?と、臨也さんは僕に問う。僕は少し考えて、まずひとつはダラーズが存在しえなかったかもしれないということに行き着いた。

「君以外のアホが同じような遊びを思いつくだろうね。他には?」

次を要求されて、僕はまた考える。しかしいざ自分が生まれなかったらと考え出すと、想像がつかない。

今までの十六年間、深くも浅くもさまざまなことに関与してきている。家族しかり、学校生活しかり、池袋しかり、ダラーズしかり、僕の影響が何もないと言えば嘘になると思う。
前述の通り、僕以外の人がダラーズと同じコンセプトの空想のカラーギャングを作ったとしても、それが現在のダラーズと同じように機能するとは言い切れないはずだ。

ただ、それもただの予想でしかない。もしかしたら僕が生まれなくたってダラーズはネット上に誕生し、あの最初の集会が行われ、セルティさんは張間さんと対面し、矢霧とのいざこざや黄巾賊とのことまでそっくりそのまま起こっていたかもしれない。

あくまで学生でしかない僕の、この世界への影響率なんて、測りようがないんだ。世界に及ぼす影響なんて、きっと微々たるものだろう。世界といわずとも、ここ東京池袋に僕が作用することなんて、ほどほどにしかない。
だから他には、と促されてもそうぽんぽんと出てこない。

テンションの高い幼馴染の突っ込み役が一人減ります、と言うと、臨也さんは笑った。それだけかい?と、少しからかうような調子だったため、僕は言い返すような気持ちになってしまう。

じゃあ臨也さんはもし自分が生まれなかったら、どんな影響があったとかいちいち考えるんですかと訊ねると、細い指を折って数を数えだす。よん、ご、ろく、と片手で足りない数を数え終わると「俺が生まれなかったら、どこかの何人かはまだ生きてるかも」と言ってのけた。

それが冗談で言われたことなのかどうか、僕は正解を知らない。けれど臨也さんが今まで何人もの人の人生狂わせてきただろうことはほぼ確実だ。臨也さんが生まれたせいで、臨也さんと関わったせいで大事な人や、モノや、命さえ失った人がいるのかもしれない。

そんな人たちにとっては、臨也さんが生まれたことの影響はさぞ大きいことだろう。臨也さんの存在が人生に影響を及ぼすどころか、人生に影を落としている。そんな臨也さん自信は、自分は最初からこうだったという話だ。誰かに影響されてこうなったわけじゃないとも言うそれなら、と僕は素朴な疑問を投げた。

「臨也さんは…、えっと、僕が生まれてなかったら、臨也さんにはどんな影響がありました?」

自分への質問に答えている途中だったけれど、つい気になって聞いてみる。臨也さんは僕の質問にしばし考える素振りはした。ダラーズのことは、代替組織ができるとかあると思うんだけど、僕に関して言えばどうなんだろう。僕と臨也さんが出会ったのは、既に臨也さんの人格や情報屋としての生活が確立された後だから、大きな影響を与えただろうなんて、僕は思っていない。

それでもあえて聞いてしまったのは、臨也さんにとって、僕が居ても居なくても変わらなかったらと考え付いて、それで少しざわついた心を抑えるためだ。単なる甘えだとは思うんだけど、僕はやや期待していた。

僕にとって臨也さんと出会った事は、臨也さんが生まれたことはダラーズのことを含めても含まないでも、特別に影響のあることだと思うからだ。だから臨也さんにとってもそうであればいいと、ついつい願ってしまう。相互作用とまでは欲張らないけど。

だが当の臨也さんは、とてつもなくあっさりとそれを否定した。

「特に無いけど」
「え、何も…ですか」
「うん、無いよ。何も思いつかない」

複雑化したこの人の人格や生活に、一糸でも絡めればと思っていたけど、さらりと断言された。僕は自分がわかりやすく落ち込むのを感じ取る。自分が生まれなかったらとか、考える気もなくなってしまう。そんな僕を、臨也さんが笑いながら諭す。

「影響があるとしたら、これからさ。お互いにね」
「これから、ですか」
「君の影響で俺は真人間になるかもしれないし」
「いや、それは……無いと思います」
「そう?じゃあ、逆に君が俺の外道さを誘発するかもしれない。君にかかってるよ」
「そんなの、僕のせいにしないでくださいよ」

これから、と口にすると、臨也さんもこれからこれから、と笑う。けど突然笑うのをやめて、一つ思いついたと付け加えた。

「でも最近、味噌だれヤキトリは好きになったかなあ、よく食べるから」

え?と思わず聞き返す。よく買ってくるから、もともと好きな物だと思っていた。そう訊ねると、最初は苦手だったんだけどね、君が喜ぶからと言って、臨也さんは笑った。