去年、誕生日にもらった腕時計が壊れた。

壊れたというか、外して置いておくと針が止まる。腕に着けてしばらくすると、また針が動き出す。腕に着けているときは秒針も短針も長針もきっかりと動くんだけど、外して置くといつの間にか動きを止めてしまう。

こうなると着ける度に針を現在時間の位置に直さないといけない。贈り主の彼のように手のかかる腕時計だと思った。最初は律儀に合わせていたけれど、そのうちばかばかしくなってしまった。だから、僕はでたらめな時刻を示す腕時計を毎日着けている。

「そういう性格の時計なのさ。君の傍にいないとやる気が出ないんだよ」

露西亜寿司からの帰り道に腕時計について話すと、臨也さんは大変ファンシーな回答を寄越した。臨也さんは僕の手を取り、手首の文字盤を読む。10時20分。僕は携帯端末を取り出して画面を見る。19時55分。

「遅刻の理由にできるかも」
「目覚まし時計じゃないんですから」

突っ込むと、彼は笑った。そんな時計をしていても意味がないだろ、と言わないことに安心した。

腕時計のことを確認し終えても、臨也さんは僕の手を離さない。繁華街ではないけど外だし、と思ってその手をほどくと、臨也さんは足を止めた。僕が数歩先に進んでもついてこないので、振り返る。

「臨也さん」
「……」

臨也さんは不機嫌そうにじっと僕を見つめる。さっきまでは大トロを食べてご機嫌だったのに。僕は仕方なく数歩戻って、臨也さんの手を握る。冷たい手だ。大人の手っていうのは、皆こんなにひんやりとしているんだろうか。
手を繋ぐとようやく臨也さんの足は動き出し、家路を進む。手のかかる人だ。

僕が人目を気にしながら臨也さんの手を引いて歩いていると、すっかりご機嫌の治った臨也さんが話題を元に戻す。

「それさ、中のオイルが固まってるんじゃないかな」
「オイル?」
「歯車とかに塗ってある部分が、寒さで固まって結果的に針を止めてるんだと思う」
「じゃあ着けると動き出すのは?」
「その逆で、君の体温でオイルが溶けて、歯車が回りだすんじゃない?」

オイルは時計の血液と言われてるからね、と臨也さんは付け足す。僕が思わずコチコチと進む腕時計の針を見ると、臨也さんも倣ってまた文字盤を覗き込んだ。10時24分。

「クォーツは寒さに弱いんだ。でも一年でそうなるのは珍しいし、新しいのを買ってあげるよ」

君、そろそろ誕生日だし、と臨也さんが言う。道沿いにまばらに植えられた桜の樹に無数の蕾が膨らんでいる。今年の冬はとても冷えたから、ぎゅっと瞑った蕾はいまかいまかと春の陽気を待っている。

「いいです」
「何で?」
「もう少しで桜も咲くし、手のかかる子は嫌いじゃないんで」

僕が臨也さんと繋いだ手を少し緩めると、臨也さんは僕の指に彼の指を絡める。冷えていた臨也さんの手のひらは、もう温かくなっていた。