深夜のことだった。薄い布団の中に潜って眠りかけた頃合に、車の音が近づいてくるのが聞こえた。
次いで、アパートの階段と高価な革靴の裏がぶつかる、耳慣れた音が聞こえたので、僕は体を起こして布団から抜け出す。

ノックもインターフォンも聞こえないうちに、僕は玄関の鍵を開けた。

「やあこんばんは、帝人君」

玄関のドアの前には、年上の恋人が立っていた。人の家を訪ねるにはいささか非常識な時間帯だけれど、それだけならよくある光景だ。
でも、今日はいつもと様子が違っていた。

「…臨也さん、どうしたんですか、その荷物」

臨也さんは、両手に大きな箱を抱えて立っていた。いつもは手ぶらか、あってもコンビニの小さい袋を提げてやってくるくらいなのに、まるで引越しの最中かとも思えるくらいの大きな箱を抱えている。

「どうしたのかって、プレゼントだよ」
「プレゼント?」
「やだなあ、帝人君。今日は君の誕生日だろう?」

言いながら、臨也さんはドアを広く開けるように僕に促す。大きな箱で両手が塞がっているからだろう、中途半端なスペースでは部屋に入ることができない。それくらいに大きな箱だった。

臨也さんは、寝てる君をどうやって呼ぼうか考えてなかったんだけど、まさか君から開けてくれるとはね、と楽しげに言いつつ、高価な革靴を脱ぎ散らかして、僕の部屋の安い畳を踏んだ。




抱えていた箱を部屋に置いた臨也さんは、ああ重かったといいつつ首やら肩やらをこきこきと鳴らした。僕はとりあえずインスタントのお茶を出して、畳の上に置かれた箱を見る。段ボールのような箱は、やはり引越しの荷物のように大きくて、狭い部屋がさらに狭く感じる。

「(こんな大きな誕生日プレゼントって…、お米とか?)」

いや、誕生日プレゼントにわざわざ米袋を寄越すことはないか。そう考えて、じゃあなんだろう、と予想する。女子へのプレゼントだったら、大きなテディベアとかがありそうだけど。

こんなに大きなプレゼント、しかも男子高校生に、というのがいまいち思いつかない。じろじろとその大きな箱を見ていた僕を、臨也さんがくすくす笑う。

「中身、気になる?」

意地の悪い笑みを浮かべた臨也さんが、自分の後ろ側に箱を置きなおす。もったいつけるようなその態度に、もしかしたら変なもの(犬とか、それか人とか)を持ち込んだのでは、と不安になる。

「そりゃ気になりますよ」
「そう、じゃあプレゼント贈呈といこうか」

言って、臨也さんは僕から中身が見えないようにしながら、箱の中からごそごそと中身を取り出した。どんな巨大なものが出てくるのか、と身構える。と、僕に背中を向けながら臨也さんが言う。

「手、出しておいて」

どう考えてもその箱は僕の手のひらには余る。不審に思ったけれど大人しく手のひらを開いて、臨也さんの方に向けた。
そして箱の中身を取り出した臨也さんが振り返り、ぽん、と僕の手のひらに何か小さなものが置かれた。

「お誕生日おめでとう、帝人君」

臨也さんが僕に微笑む。僕はその笑顔に一瞬見惚れた後、自分の手のひらを見た。そこには、箱の大きさに不釣合いすぎるプレゼントが一つ乗っている。

「これは………、おしゃぶり……では…?」
「そうだよ」

大きな箱から出てきたプレゼントは、プラスチックでできた小さなおしゃぶりだった。よく赤ん坊が咥えている、あれだ。一部の赤ん坊には生活必需品かもしれない。

「(…もしかしてそういう…赤ちゃんプレイ的なものを要求されているのかな…)」

至って健全なお付き合いを続けていたつもりだったけど、臨也さんにそんな隠された性癖があったとは、あまり考えたくなかった。そんなことを考えていたら、手のひらに置いていたおしゃぶりを臨也さんがひょいと持ち上げる。

そうしてそのままそれを、ぽかんと開いていた僕の口に突っ込んだ。突然のことに驚き、ゴムの部分を噛んでしまう。母親の乳首を模した弾力のある感触に驚いて、つい咳き込んでしまった。

「な、何を」
「いやだってせっかくプレゼントしたんだから」

使ってくれないと甘楽悲しいし、と裏声で臨也さんが言う。僕はそれにイラつきながらおしゃぶりを外した。薄く、さきほどの噛み痕がゴムの表面に残っている。歯の未発達な赤ん坊用のおしゃぶりのため、16歳の生え揃った歯で噛まれることなど想定外なのだろう。僕も16歳になっておしゃぶりを噛むことになるとは想定外だった。

「16歳の誕生日におしゃぶりもらっても困ります」
「ああそれ、16歳の誕生日プレゼントじゃないから」
「え?」
「それは0歳の帝人君への誕生日プレゼント。おめでとう、帝人君」

また臨也さんが微笑む。僕はとてもまぬけな顔をしているだろう。目の前の恋人が何を言っているのか、ぴんとこない。けれどぽかんと口を開けているとさっきみたいにおしゃぶりを突っ込まれそうなので、今度は閉じておく。

「さぁ、それじゃ次はね」
「(次?)」

臨也さんが僕に背中を向けて、また大きな箱に手を入れてごそごそとしだした。僕はとりあえずおしゃぶりについた唾液を拭いて、机の上に置いて臨也さんの次の動きを待つ。

「そうだ、足出しておいて」
「足…?」

手の次は足を出せという臨也さんの言葉に、それでも僕は素直に従い、足を臨也さんの方へ向けた。大きな箱から目当ての物を取り出した臨也さんが、それを僕の足元へ置く。

「靴…ですか?」
「うん、靴。脱げにくいタイプの」
「脱げにくいも何も、小さすぎて履けないですよ、これ」

それは本当に小さな靴だった。おもちゃのようではあるけど、作りはきちんとしているようで、淡い水色の生地に浮かぶ縫製はしっかりとしている。
歩き始めの子用のベビーシューズだよ、と臨也さんが小さな靴をそろえて言った。ということは、と確認すると、臨也さんは頷く。

「1歳の帝人君への誕生日プレゼント。そろそろ歩き始めてる頃合だからさ」
「いつから歩いてたかなんて、覚えてないですけど」
「1歳一ヶ月でよちよち歩き出しただろ」
「見てきたかのように言わないでくださいよ…」

履けそうもないベビーシューズと、僕の素足を並べてみると、その小さな靴は、ちょうど今の僕の半分ほどのサイズだった。1歳の頃の僕はこんなに小さな足をしていたんだろうか。思い出せそうもないけど、僕はこの小さな靴を履く幼い自分を想像してみる。想像の中の小さな足をした僕は、とても喜んでいるようにも思えた。

「帝人君」
「え、あ、はい」
「これ、2歳の帝人君への」

また箱から取り出したのだろう。臨也さんの手から、2歳の僕への誕生日プレゼントを受け取る。赤いミニカーだ。屋根の無いタイプで、少しレトロな形をしている。銀色のメッキ部分がとてもそれっぽい。タイヤを触るところころと動いたので、試しに机の上に置くと、バネで走るタイプのものだった。

2歳って悩んでさあ、ほんとは三輪車かなあとは思ったんだけど、持ってそうだから、と臨也さんは言って、僕は三輪車じゃなくて心底よかったと思った。臨也さんがバネを引いて手を離すと、ミニカーの赤い車体が、僕の机の上を滑るように走った。

3歳の帝人君へ、と取り出したプレゼントは、玩具のピアノだった。高さは30センチも無いくらいで、ちょうど座った幼児の高さに合わせている。試しにその小さな鍵盤を押してみると、ぽん、と思ったよりもしっかりとしたピアノの音がした。

次に臨也さんが取り出したのは、絵本だった。4歳児への誕生日プレゼントなので、子供向けらしくきれいな色で描かれた大判の絵本だ。中身は全てひらがなで綴られている。「これはあとで俺が読み聞かせてあげるね」と臨也さんが言う。

けれど5歳の誕生日プレゼントは天体図鑑だった。こちらは一人で読む用だという。帝人君こういうの夢中になって読んでそうだから、と臨也さんは笑った。曰く、相手していられないときに読ませようと思ったとか。

6歳の誕生日プレゼントは、ロボットアニメの玩具だ。変形するロボットの玩具で、手やら足やらミサイルやらが動く。確かに僕が6歳のころ流行っていたテレビアニメのもので、自分も欲しかったかも、とうっすら思い出す。

次の年の誕生日プレゼントは、図書券だった。今はもう製造されていない、紫式部のあれだ。
これまでのプレゼントとは毛色の違う、というか手抜きなプレゼントに、「ちょっと、いきなり面倒くさくなったでしょう」と聞くと、違うよこの時期はほら、いろいろ入用かなあって思って、ともごもご言う。忙しくて用意できなかったみたいに言い訳する臨也さんに少し笑った。

気を取り直して8歳の誕生日プレゼントは、地球儀だ。最近売っているような、触ると国名を喋るようなものではなく、単に国境の線と国名、首都名などが薄い字で書かれた、シンプルなものだった。
地球儀ってどっかで戦争が起きない限り、そうそう買い換えるものじゃないから、いつまでも部屋におけるものにしたんだ、と臨也さんはからからと球を回して言った。

9歳の誕生日プレゼントに、と臨也さんが取り出したのは、チェス盤だった。二人でチェスがしたいからだそうだ。ルールは俺が教えるから、と言う割りに、臨也さんは将棋の駒も混ぜていて、僕は突っ込まずにはいられなかった。

10歳の誕生日プレゼントは、なんとデジカメ。10歳ならそろそろ使えるだろうし、と充電も済ました機器一式を僕に渡す。デジカメは、きちんと5年前くらいのモデルで、今の最新モデルと比べれば少々大きい。

試しに臨也さんにカメラを向けると、お誕生日おめでとう、と今日何回も繰り返す言葉を口にして液晶の画面越しに彼は笑い、僕はシャッターを切った。

その次に、臨也さんが箱から、小さな箱を取り出した。その箱を開けると、腕時計が入っている。子供用なので今の手首では少々きつい。つけられないわけではないけど。
子供向けの時計にありがちな、無駄に多機能な時計で、ごてごてした画面には意味もなく海外の時刻なども表示されていた。11歳の頃なら、おそらくかっこよく感じただろう装飾に、僕は苦笑いする。

12歳の誕生日プレゼントは文庫本一冊だった。少し古びていて、なんだか少し年代物だ。おさがりで悪いんだけど、と臨也さんが謝ったので、どうやら臨也さんの私物の一つだったものらしい。カバーもない本は少々日焼けしていて、表紙には見知らぬ著者の名前が印字されている。
臨也さんは、俺が好きな本なんだ、けど12歳にはちょっと大人向けかなー?と、少し意地悪く言った。

12歳の分の誕生日プレゼントを受け取ると、臨也さんはしみじみと、あと数日で帝人君も中学生かあ、と呟いた。まあ、そうですねえと16歳の僕が答える。

「大人になりかけてくる頃だね。体も心も、価値観も」
「価値観…」
「この頃の子ってそれぞれ好きな物が多様だからさあ、プレゼント選びも苦労するんだよ」
「はぁ…そうなんですか」

そうなんですよ、と言いつつ、臨也さんが箱から13歳の僕への誕生日プレゼントを取り出す。それは、人工ビスマスの結晶だった。金属のような外観と、その輝きに、僕は思わず声を漏らす。手に取ると、石ころみたいなサイズなのにずしりとした。幾何学的な形の溝が走る結晶は、まるで古代遺跡のミニチュアみたいだ。表面は複雑に光を反射して青みがかる。

「凄いですね」
「うん、いいよねこういうの」

男の子しかわかんないよねーこういうの、と臨也さんは言う。確かに、とてもキレイだけどこういうのはあまり女子向けではないだろう。女子ならこんな裸の鉱物のままではなくて、アクセサリーにしたものの方が嬉しいはずだ。僕は小石ほどのそれに蛍光灯の光をちらちらと跳ねさせる。メタリックな光の走り方がかっこいい。

喜んでもらえて嬉しいよ、と言って、臨也さんが次に箱から取り出してきたのは現金だった。14歳といえば中学二年生、他人から与えられるものは、それがどんなものでもそんなに嬉しくない時期でしょ?と、まるで14歳の僕を知っているかのような口ぶりで言う。

さすがに現金は、そんなお年玉じゃあるまいし、と受け取れませんという態度でいたら、現金入りの封筒を畳の上に置いていた絵本に挟んで寄越した。突き返すのも失礼なので、仕方なく置いておく。

臨也さんがまた箱に手を入れる。もうほとんど中身は無いらしく、ごそごそと探らずにすいっとそれを取り出し、これまでのようにぽんと僕の手のひらに置いた。それは細身のナイフで、僕は少し驚く。

「こんな物騒なもの、中学生に与えないでください」
「いやでもさ、憧れる頃でしょそういうの」

そうかもしれないですけど、と一年前の自分を思い出す。確かに、欲しいとは思わないでも、興味が無かったといえば嘘になるかもしれない。
すぐ錆び付かせそうだなとは思ったけど、ペーパーナイフにでも使わせてもらおう、と机の上に置いた。

「…これで全部ですか?」

箱から取り出した、15歳までの誕生日が机の上や、僕の周りに置かれている。あるはずもない、臨也さんとの誕生日を追体験しているみたいな時間は終わって、僕の周りには成長とともに価値を失った贈り物が点在する。

おしゃぶりがなくてももう僕は泣かないし、靴はもう履くことはできない。ミニカーで遊ぶことはないし、玩具のピアノは小さすぎる。絵本を読み聞かせられなくても一人で寝入れるし、天体図鑑はなくてもインターネットで最新の宇宙の情報は仕入れられる。

ロボットアニメはもう既に内容も覚えていない。図書券や地球儀は、使えるか。16歳には窮屈な腕時計は、つけることはないだろう。

それぞれの歳の僕の、それぞれの歳相応のプレゼントを用意されて、僕は改めて、僕と臨也さんは出会って一年ほどしか経っていないのだと気づく。

「(臨也さんと出会ってからの時間が僕の人生を占める割合は、とても少ないんだ)」

そんな当たり前のことに、僕は驚く。臨也さんが存在しない僕の誕生日が今まで15回もあったんだ、ということが、なんだかとても不思議に思えた。臨也さんを知らない人生を、15年間を、僕は何を思って過ごしていたっけ。15歳の誕生日なんて、ほんの少し前だと思っていたのに。

臨也さんを知らない自分を思い出そうとする僕をおいて、臨也さんは立ち上がった。
訪ねて来た時にはとても重そうに両手で抱えていた箱を、軽々と持ち上げて逆さに振る。
箱からはもう、何も出てこない。

「空っぽですね」
「うん、やっと追いついた」

追いついた?と聞き返すと、臨也さんは僕の周りに散らばる誕生日プレゼントを眺めて、少し不機嫌そうに言う。

「だって俺のいない誕生日があったなんて、ちょっと嫌だから」
「え?」
「これで今までの君の誕生日に俺がいなかったことを、帳消しにできるとは思ってないけどさ」

けど、これでいくらか埋められたならいい、と臨也さんは付け足す。そしておもむろに空っぽの箱の中に足を入れて、箱の中に座り込んだ。

「何してるんですか?」
「16歳の帝人君への誕生日プレゼント」
「…古典的ですね」

僕がくすくす笑うと、箱の中で臨也さんも笑った。

「プレゼントに臨也さんって、16歳には少し早いんじゃないですか」
「そうだねえ、16歳にはちょっと大人向けかもしれないね」

歳相応のプレゼントだとはいえないかもしれないけど、僕は素直にプレゼントを受け取ることにした。来年は何をくれるんですか、と聞くと、17歳の帝人君に相応しいものさ、と臨也さんは意地悪く笑った。