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■あなたを読みたい
彼について、皆が皆口を揃えて「やめとけ」という。園原さんが文科省推薦図書なら、臨也さんは発禁本だ。
「次は、ここ」
「もう八軒目ですよ」
「まだ八軒目さ」
通りに向かって解放された店先の、古びた木製の棚には、漢字とカタカナのみの古めかしい本が並んでいる。臨也さんはその小さな棚に並んでいる本を一瞥してから、本がぎゅうぎゅうにひしめくその古書店に入っていった。仕方なく、僕も彼の後ろについて店内に足を踏み入れる。
■A10キャンディ
俺がセキュリティのセの字も、セコムのセの字だってないこのボロアパートに逃げてきたのは、急遽逃げ場所というものを考えた際、あの無害そうな顔が一番に思い浮かんだからだ。けれどその選択は間違いだった。しくじった。俺は自分に抱きついている帝人君を見下ろす。
「帝人君、離してよ……」
「嫌です……」
「何でさ」
「……臨也さんが、好きだからです!ばか!」
ぎゅう、と帝人君の腕の力が強くなる。俺は頭を抱えた。ばかってなんだよ。いやそうじゃない。俺の知る限り、性的嗜好はごく一般的な男子高校生のそれなはずの帝人君でさえ、部屋に転がり込んできた俺を一目見ただけでこうだ。俺は胃の中に落とした飴玉のことを思い出し、それに甘さではなく苦々しさを覚えた。
全ての原因は、波江だ。あの女が俺に盛りやがったんだ。
■あばら折れた
携帯電話が震えて、画面に一件の新着メールが表示された。
『あばら折れた』
簡潔なメールだった。差出人の欄には折原臨也の文字が流れている。僕はため息をついて、返信を書く。
『また静雄さんですか?』
大体において、彼の怪我の原因は池袋の喧嘩人形に集約される。僕はどうせまた池袋に来て、ぼこぼこにされたんだろうなあとそう間違っていないだろう想像をする。と、再び携帯電話が震えた。
『そう。何か二本折れてた。今、新羅のとこ』
どうやら怪我を負っても、きちんと新羅さんのところに収容されたようだ。もしかしたらセルティさんが運んでくれたのかもしれない。
僕は『お大事に』と打ってから、ああこれだけではメールが終わってしまうなと思って、『全治何週間なんですか?』と書き足した。
あばらが折れても携帯は普通に打てるようで、ほどなくして臨也さんからの返信が届く。
『一ヶ月くらいかな。でも案外痛くなくて、湿布貼るとか、ちょっと固定するだけで普通に日常生活送れるみたいだよ』
骨折と聞くとどうしても大仰に感じるけど、実際はそんなものなんだなあ、と僕は少し驚く。心配だ、とメールを送る。『いいんだよ骨は。いつか治るんだから』と全然大人しくするつもりが感じられないメールを寄越す。
けれどやっぱり、怪我をしたことには変わりない。僕が『でもちゃんと休んでくださいよ』と返す。それきり、その日の返信はなかった。